プラスチック金型におけるイオン窒化処理(参考資料)
はじめに
鋼の表面硬化法の一つとして窒化が提唱されたのはかなり古い。
一般に窒化とは、高温の鉄鋼の表面において接触分解によって生じた発生期の窒素を鋼の表層中に侵入拡散させ、硬度の高いFeNの化合物層を生成させることである。これによって、焼入れなど他の熱処理よりも高い硬さを得ることができ、耐摩性.耐食性.耐疲労性などにすぐれた性質が得られる。
また、ヒズミ変形を書小限にとどめることもできる。しかし、その処理に長時間を要することが欠点とされ、その短縮のために多くの研究が試みられている。1930年代に、イオン化したガス中で窒化を行えば効果的であるという文献が発表され、1944年にH.Bennekは、放電中で窒化した場合、窒化層の脆化の防止と処理時間の短縮を認めている。これがイオン窒化の始まりである。ついでながら、焼入れと窒化の違いを簡単に述べておきます。
熱処理とは、金属材料を適当な温度に加熱した後、適当な速さで冷却し、拡散あるいは変態によって組織を調整し、内部応力の除去または拡散、あるいは変態の一部を阻止して、適当な組織として所有の性質および状態を与える操作である。一方、窒化は窒素効果であり、鋼の最表面に高硬度の窒化層を形成するものでから自ずからその使用目的が異なる。
1イオン窒化の原理
減圧容器の中陰極○−とし、容器を陽極となるようにして、直流200〜1000Vの電圧を付加できるようにする。そして容器内の圧力を1〜10Torrに減圧し、その残存する雰囲気を窒素または窒素を含むガスとして品物に通電すると、品物表面にグロー放電が発生する。
この場合、雰囲気中の窒素は、陰極近くでイオン化され陽イオンとなり陰極に衝突する。
この衝突エネルギーは、熱エネルギーになって陰極すなわち品物の加熱に利用される。
一方衝突した窒素イオン鉄と反応して表面に窒化鉄を形成し、熱によって内部に拡散して窒化が進行する。すなわち、グロー放電によるイオンの衝突は、鉄の表面への窒素の供給と内部への窒素の拡散に必要な熱源としての働きの両方をかねていることになる。(図1.2)
2イオン窒化プロセスの構造
プロセスとしては、容器内に品物を陰極として、容器と陰極間にグロー放電を発生させるようになっている。ワークピースにより、容器とは別にワークピースを対向した陽極を設けることもできる。電源その他の調節部は別になっている。電極間には、1000V以下の直流電圧が付加できるようになっており、電極間のグロー放電を安定化する制御回路が組み込まれている。加熱温度は熱電対もしくはパイロスコープを使用し、これらの電気的信号により放電電流の調整を行い、温度制御を行っている。雰囲気としては、N2またはN2+H2ガスを使用し、流量計を経て容器内に導入され真空ポンプによって排出される。このときの容器内の圧力は、ガスの流量にかかわらず自動的に所定の圧力(1〜10Torr)に保たれる(図3)。
他の窒化処理としては、ガス窒化法.ガス軟窒化法.塩俗窒化法などが知られており、被処理物によって、これらの窒化法のうち最適なものを選択すればよい。それ以上の効果を期待できるものが、イオン窒化法であると言える。なぜならば、従来の窒化法では、窒化層には最外層ε(Fe2N〜Fe3N)化合物があり、その内側に´γ(Fe4N)化合物層が生成し、さらに拡散層へと続く、特にε層をこのまま使用した場合には、機械的性質に有害であることは衆知のことであり、現在多大の労力を費やして除去しているのが実状である。
イオン窒化法においては、ガス組成を調整することにより、表面にできる化合物層の組成をコントロールできるため、次のような特徴をもっている。
1) 完全無公害処理である。 イオン窒化の表面反応
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2) 寸法変化が極めて少ない。他の熱処理
に比較して処理温度が360°〜580°と低いためである。
従って処理そのものに基因する寸法変化は考えられない。
3) 被処理物表面は、常時グロー放電により浄化され、ポーラスもない。仕上がり面が非常に美しく、寸法変化も少ない点からも、アド加工の必要もない。
4) イオン窒化された窒化層のミクロ組織は、他の窒化層を形成よりも緻密な窒化層を形成する。
5) 表面層ε(Fe2、3N)´γ(Fe4N)を自由に調整できる。
6) 耐摩耗性、耐食性、耐疲労性の向上が図れる。
7) ステンレスなど、ハイクローム鋼への窒化が容易である。
8) 非鉄金属(チタニウム、ジリコニウム)系各種合金も窒化が可能である。
9) 窒化速度が遅い。
10) グロー放電が行われているところは、一様な窒化層を形成する。プラスチックの各種金型の窒化処理を行う場合、絶対条件として、
a)寸法変化、ヒズミ変形のないこと。
b)表面がきれいで、窒化処理後、ミガキなどのアト加工がないこと。
c)エッジ部分のピッキングが起こらないこと。
d)どんな細かい部分でも、一様な窒化ができること。
e)窒化効果が大きいこと。
  の5点があげられる。
まず、a)の寸法変化については、前述の特徴の2)をb)は特徴3)と4)を、c)は同じく4)と5)を、d)は10)と4)をそれぞれ参照いただきたい。このように、イオン窒化処理の特徴と金型への絶対条件を適当に組み合わせると、金型の品質向上が図れる。
2.3図
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3イオン窒化処理の具体的特徴と経済性
ここで述べる番号はすべて前章における特徴の番号を意味する。
1) は、公害問題が大きくクローズアップされている今日、イオン窒化法は窒化の窒素原としてN2ガス、H2ガスを使用するため、まったく無公害である。ガス窒素はアンモニア分解ガス、塩浴窒化ではシアン化合物が用いられており、これらの廃出物が問題になる。
2) については、他の窒化法に比べて処理温度が低く、温度幅が広いと言える。ただし、鉄鋼に急激な熱変化を与え、その組織の内外に差異を生じさせると、必ず熱応力、変態応力が発生する。これは機械加工によってさえ生じるので、被処理物のヒズミ変形、寸法狂いの原因になる。したがって、イオン窒化処理をする処理物は、あらかじめヒズミ取り焼鈍ができない場合、少なくとも前熱処理の種類をはっきりと明記することが必要である。
3) は金型の完成後、窒化処理してそのまま使用できる状態であるため、アトミガキ寸法修正の手間が省け、コスト、納期に低減につながる。
4) はハードクロームメッキの難しい個所、鏡面仕上げを必要とする個所に大きい効果があり、窒化層はハードクロームほどではないが、ほぼこれに近くメッキの工程を省くこともできる。また、窒化層の最表面を軽く磨くだけで、鏡面状態よりもよりもはるかによくなり、これにハードクロームメッキをした場合より、効果がいっそう大きくなる。
5) は、ピッキングの防止、パート面の保護につながり、機械的性質の向上をもたらす。
6) は、低品位材料の飛躍的高性能化が可能であり、これにより高級材料との代替による無理のないコストダウンが期待できる。
7) は、表面が不動態化膜によっておおわれており、従来の窒化では、この被膜を前処理によって除去した後、窒化を行い、窒化中も表面を不動態化させないために使用ガスの鈍度を吟味する必要があった。しかし、イオン窒化では、常にイオン衝撃により表面が清浄化されており、前処理の必要がなく、窒化中に表面が不動態化して窒化が進行しなくなるようなことはない。但し窒化したステンレス鋼は、硬度は高くなるが、耐食性が低下する。
8) は、非鉄金属(チタニウム.ジルコニウム系)各種合金金型(精密鋳造金型を含む)が将来安定処理できるようになると、そのライフ強度を伸ばすことが可能である。
9) では、ガス窒化法により40%前後窒化処理の時間を短縮することができ、納期の低減に寄与することができる。
10) では、1.0mm以上の細い個所は窒化処理ができ、安定した窒化層を形成する。このようなイオン窒化に向く鋼について、簡単に紹介する。
鋼の窒化を容易にして強度を増すために、Cr、Al、Mo、Vを添加する。特にAlは窒化に対する親和力が大きく、鋼の表面強度および耐摩耗性を付与する。また、調質済の鋼を使用することが望ましい。
硬度の目安については、無調質、調質済のものの硬度を倍強した値がだいたい窒化最表面硬度になる。
耐摩耗性の向上→無調質、調質済
耐疲労性の向上→無調質、調質済
耐食性の向上 →無調質、調質済
耐衝撃性の向上→焼入れ、焼きなまし(高温テンパ)→窒化
4海外での実施状況とまとめ
西ドイツのクレックナーイオン社を中心に、スイス、イギリス、アメリカ、ロシア(旧ソ連)の各国では、種々な方面に使用されているが、特に自動車業界、電機業界、汎用機械、船舶、プラスチック機械などに、省資源・無公害を特徴とするイオン窒化法は着実に普及している。
海外でも、金型への利用は今後の課題と思われる。
弊社では、プラスチック金型をはじめ、あらゆる金型のライフ強度の向上を目的として着実に実績を伸ばしている。イオン工学的表面処理技術の一つとして、イオン窒化、すなわちグロー放電を応用した表面処理は、窒化だけにとどまらず、軟窒化はもちろんのこと、浸炭、ろう付け、焼結、他種金属の表面被覆、メッキ、エッチングなどへの応用が考えられ、今後の発展が大いに期待される分野である。

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